• 京都人の金銭感覚"にも影響を及ぼす京都の経済界

  • 794年に、桓武天皇が都を奈良の平城京から京都の平安京に移して平安時代が始まり、鎌倉幕府によって滅ぼされるまでの約400年間、京都は日本で唯一の"政治の中心都市"としての役割を果たしていました。源頼朝が全国に"守護"を置いて鎌倉幕府を設置してからは本格的な武家政権による統治が開始されましたが、京都の朝廷や平安時代から続いてきた地方の荘園や公領はそのままの状態で、荘園には"地頭"が置かれて荘園内の警察権や刑事裁判権の行使を任されていました。そのために政治的支配力は徐々朝廷から幕府へと移って行き、その後京都は一変して"経済の中心都市"として発展していきました。

    現在、京都駅周辺の四条烏丸に程近い銀行跡地で遺跡の発掘作業が行われていますが、さまざまな店舗や、金融業者が残したと思われる大量の貨幣、それに金属職人の作業場跡などが発見され、当時の京都が"商業や金融の中心地"であったことが分かってきています。今日の京都経済のもっとも大きな特徴といえば、"製造業"が市内総生産の20 %占めているという点です。けれどもその中身をみてみると、やはりその大部分は伝統産業というよりも通信機器などのハイテク産業であるということが分かります。もう1つの特徴は、"観光産業"の占める割合が13 %と、製造業と肩を並べるほどの力を持っているという点です。京都は毎年4000万人もの観光客が訪れると言われることからも、今後はこの"京都という恵まれた素材"をどう生かして経済的価値に結びつけるかというのが最も大きな課題となっています。

    京都の人々は"個人主義的傾向"が強いと言われています。そして"経済の中心都市"の一員としての様々な役割を担ってきたとはいえ、心の奥底ではこれまでの京都の文化を築いてきた公家や貴族の趣味や生き方を理想としていて、「自分達も彼らにあやかりたい」という気持ちやプライドの高さがあって、管理職からみれば扱いにくいことが多いようです。例えば企業内で「皆で手をつないで一致団結してやろう!」という場合でも、京都人は「公的な部分は大切にして人間関係を円滑に行いながら、適度な距離をおいてお互いの個性を大切にし、自分流に徹する」という傾向が強いのだそうです。

    けれどもその結果、京都は多くのベンチャー企業家を生んでいます。女性肌着を中心とするメーカーで、今ではアメリカ、フランス、香港など世界のあちこちに進出している企業や、かつてはトランプや花札のメーカーであった企業が今では世界的なゲーム機メーカーに成長したり、同様に世界的な企業にまで成長した通信機器メーカーなど、これらの企業を支えている人たちの「誰が反対しようが、全資産を投じてでもやる……」という京都流の思想が、そしてそれらの企業を支援して育てようとする多くの団体の存在が京都にベンチャー企業を生む要因となっています。「日頃は倹約を心掛けてコツコツお金を貯めているが、ここぞという時にはそれらを惜しまずに使う」という金銭感覚が、京都の経済界にはあるようです。

京都と大阪の比較・貯蓄

  • 京都で、金魚のぬいぐるみが売ってるお店。
  • 2007-09-14 02:27:26
  • 京都で、金魚のぬいぐるみが売ってるお店。 7月に大阪・京都に旅行に行った際、京都でかわいいぬいぐるみのお店をみつけました。2階だてで赤い金魚がぶらさがってる...
  • 女一人で生きるためには
  • 2007-04-11 18:28:09
  • みたいです。 将来年金は月8万円弱しかもらえない予定です。60歳の時点で預金は幾らあれば最低限の生活が出来ますか。大阪府に住んでいます。 田舎暮らしも考えますが、テレビなど...